ヲシテ・ひとり学会(縄文の旅)

『ホツマツタヱ』を中心とした「ヲシテ文献」の学習記録

1アヤから改めて始めます。「キツノナトホムシサルアヤ」(再掲)

2026年、明けましておめでとうございます。

 大変にお久しぶりになりますが、今年は気持ちも新たに「ヲシテブログ」の続きをやっていきたいと思います。令和8年になって新年早々ですが、今年で6年目に入る「ヲシテ・アソヒの会」も昨年までに22アヤまでを終えて、また新しく1アヤからスタートすることになりました。新しい人も入ってこられて、ヲシテの基礎からもう一度始めた方が良いと思えたからでもあります。

 1アヤからの話には「ヲシテ時代」の草創期のこと書かれていますので、ヤマトの国柄のことが分かり、素晴らしいリーダーがヤマトの国の基礎を築いて下さったからこそ、現在の日本があることにも気づけます。このことをもう一度思い出しながら、新しい塾生さんたちにも深い感動を持って味わって貰えるのではないかと思っています。1アヤは「キツノナトホムシサルアヤ」です。もう既にアップさせて頂いたアヤでしたが、今月やりました箇所ですので、もう一度アップさせて頂きます。

 

1アヤ:ホツマツタヱ ミハタノハツ

キツノナトホムシサルアヤ

 

ソレワカハ   =「ワカウタ」という名は、

ワカヒメノカミ =「ワカヒメあノカミ」から付けられたと言う話をします。

 

ステラレテ   =(幼少期のワカヒメは両親の厄年に産まれたのが元で)捨てられて、

ヒロタトソタツ =それを拾った「ヒロタ」の宮(廣田神社)で育てられました。

カナサキノ   =「カナサキ」さんの

ツマノチオヱテ =妻の乳を得ながら

アワウワヤ   =「アワウワ」(乳児の頃の言葉の教育)や、

テフチシホノメ =手を打ちながらの「潮の目」のあやしもして貰いました。

 

ウマレヒハ   =(一般の養育と同じく、1年目)2歳の誕生日には

カシミケソナエ =炊いたご飯のお供えをし(お食い初めの行事)

タチマヒヤ   =また、「タチマヒ」(立った立った)の行事をしました。

 

ミフユカミオキ =(2年目)3歳の冬には(子供の仲間入りで)童子髪にし

ハツヒモチ   =(1月1日は)お正月のお餅も食べる様になります。

アワノウヤマヒ =こうして、天地のカミを敬う行事に参加する様になり、

モモニヒナ   =(3月3日の)桃の節句には、ひな祭りがあります。

アヤメニチマキ =(5月5日の)菖蒲の時期には、粽を食べて元気に過ごし、

タナハタヤ   =(7月7日の)七夕のお祭りには(星に祈り)

キククリイワヒ =(9月9日は)菊栗のお祝いをします。

 

※節句は中国からの伝来だと伝えられていますが、『ホツマツタヱ』1アヤの最初の部分に掲載されているところを見ると、日本にとって最も大切な行事として縄文時代から伝えられていたことが分かります。何でも中国伝来説にすると丸を貰えるという習慣は改めるべきだと気づきますね。

 

ヰトシフユ   =5歳の冬(11月15日:後の七五三)には

ヲハハカマキル =男児は袴を着ますし、

メハカツキ   =女児は被衣(かつぎ)を着て(儀式を行います。)

コトハオナオス =これより、言葉を(幼児言葉から大人の言葉へと)直すので、

アワウタオ   =「アワウタ」を

ツネニオシヱテ =常に教えて貰うようになります。

 

アカハナマ   =「アカハナマ

イキヒニミウク =イキヒニミウク

フヌムエケ   =フヌムエケ

ヘネメオコホノ =ヘネメオコホノ

モトロソヨ   =モトロソヨ

ヲテレセヱツル =ヲテレセヱツル

スユンチリ   =スユンチリ

シヰタラサヤワ =シヰタラサヤワ」

 

※アワウタは、これだけで人としての生き方を生まれた時から老人に至るまでの順で、その心構えが説かれていて、人生の指南のウタになっています。詳しくは「あわ歌を歌う本当の意味とは」の項で解説しました。

 

アワノウタ   =「アワノウタ」は

カタカキウチテ =「カタ」(置き型の鼓)を撥で叩いたり(鼓を)打ったりしながら、

ヒキウタフ   =(琴を)弾いて歌います。

オノツトコヱモ =こうすると、声も

アキラカニ   =はっきりとしてきて、

ヰクラムワタヲ =「ヰクラムワタ」(五臓六腑)や「ヲ」(丹田)に染み通って

ネコヱワケ   =「ネコヱ」(正しい発音・基礎の教育)が理解できるのです。

フソヨニカヨヒ =(アとワの)24音の「アワウタ」を継いで歌うので、

ヨソヤコヱ   =48音の声を発声して歌うことになります。

 

※「カダ」とは何か?という疑問がありましたが、今回は現在の『鞨鼓(かっこ)』ではないか?と考えました。これを叩くことを「かく」というようです。拍子を取るのに使います。また、「ウツ」とは何を打つのかと言いますと、鼓を打つのではないか?と思うのですが、『ホツマツタヱ』には「ツツミ」という言葉は出てきません。「ひく」のは「コト」(琴)で良いと思えます。

 

コレミノウチノ =こうすると、身体のうちの

メクリヨク   =(血液の)流れが良くなり、

ヤマヒアラネハ =病気にもなりませんので、

ナカラエリ   =長生きが出来ると言う効果もあります。

スミヱノヲキナ =「スミヱノヲキナ」(カナサキさん)は、

コレオシル   =この事をよく理解していました。

 

ワカヒメサトク =「ワカヒメ」も幼い頃から賢かったので、

カナサキニ   =「カナサキ」さんに

キツサネノナノ =「キツサネ」(東西南北)の名の

ユヱオコフ   =由来を尋ねました。

 

ヲキナノイワク =翁の(カナサキさんが)答えて言うには、

ヒノイツル   =「日の出る

カシラハヒカシ =頭は「ヒカシ」(東)と言うし、

タケノホル   =岳を昇って

ミナミルミナミ =皆が見るのは「ミナミ」(南)と言う。

ヒノオツル   =日が落ちる

ニシハニシツム =「ニシ」(西)は、「ニ」(丹)が沈むから。

 

ヨネトミツ   =米と水を

カマニカシクハ =釜で炊くのは、

ヒカシラヤ   =「ヒカシラ」(火の責任者・東)であるし、

ニヱハナミナミ =煮え端は「ミナミ」(皆が見ます・南)

ニヱシツム   =煮え沈むのは(「ニシ」(西)と言います。)」

         (この様に教えて下さいました。)

 

ヱカヒトタヒノ =「ヱカ」(祭礼の日)に1度の

ミケハコレ   =「ミケ」(御饌)として捧げるお供えは、この炊いたご飯でした。

フルトシフヨリ =古い時代に(月に)2度になり、

ツキミケノ   =次には、月に3度になりましたが、

ヒトハモヨロニ =(その頃は)100万年の寿命でした。

 

ツキムケノ   =ところが、月に6度のお米の食事になったころには、

ヒトハフソヨロ =人の寿命は20万年になってしまいました。

イマノヨハ   =そして、現在の世の中では、

タタフヨロトシ =たったの2万年しか

イキナルル   =生きられなくなってしまいました。

ミケカサナレハ =「ミケ」(お米の食事)が増えたら

ヨワヒナシ   =寿命が短くなってしまったのです。

 

ユエニヲンカミ =その故に、アマテルカミは

ツキニミケ   =月に3度の「ミケ」(お米の食事)になさっていました。

ニカキハホナヤ =そして、苦い「ハホナ」(千代見草)を食べたり、

ミナミムキ   =南向きの(日に当たる生活をしておられました。)

アサキオウケテ =朝の気を受けて

ナガイキノ   =長生きの(気を足しておられたのです。)

 

ミヤノウシロオ =宮の後ろを

キタトイフ   =「キタ」(北)と言いますが、

ヨルハネルユヱ =夜は寝るので、

キタハネソ   =「キタ」(気を足すの)は「ネ」(北・寝る)なのです。

モシヒトキタリ =もし人が訪ねてきて

コトワケン   =談判をした場合を考えてみましょう。

アワネハキタヨ =会わなかったら「キタ」(来た・北)で終わりますが、

アフハヒテ   =会うのなら「ヒテ」(日の出)の(東になります。)

ミナミニコトオ =「ミナミ」(皆が見る場所・南)に事の次第を

ワキマエテ   =(議論し)納得をしたのなら

オチツクハニシ =落ち着くのは「ニシ」(丹し・西)で、

カエルキタ   =帰るのは「キタ」(気を足す・北)です。

ネヨリキタリテ =つまり、「ネ」(北)より来たりて

ネニカエル   =「ネ」(北・寝)に帰るのです。

 

キハハルワカハ =「キ」(樹)には、春は若葉が萌え、

ナツアオハ   =夏は青葉が茂ります。

アキニヱモミチ =秋には葉が色づく紅葉になり、

フユオチハ   =冬は落ち葉になります。

コレモオナシク =また、これも同じ様に、

ネハキタニ   =「ネ」(寝る)のは「キタ」(気を足す・北)に

キサスヒカシヤ =「キ」が差す(兆す)のは「ヒカシ」(日頭・東)であって、

サニサカヱ   =「サ」(南)に栄え、

ツハニシツクル =「ツ」(西)は「ニ」(丹)し尽きる

ヲハキミノ   =「ヲ」(中央)は君が

クニヲサムレハ =国を治める場所なので

キツヲサネ   =「キツヲサネ」は

ヨモトナカナリ =四方と中央を意味しています。

 

キハヒカシ   =木は「ヒカシ」(東)

ハナハモミナミ =花と葉も「ミナミ」(南)

コノミニシ   =木の実は「ニシ」(西)

ミオワケオフル =実を分けて「オフル」(伸び生じる)

キノミユエ   =木の実ですので、

キミハヲメカミ =「キ・ミ」(君・木と実)は「ヲ・メ」(男・女)のカミなのです。

 

 

 

(ホムシサルアヤ)

 

シカルノチ   =(ワカヒメが育ち)宮に戻ってきた後、

イサワノミヤニ =「イサワノミヤ」(伊雑宮)に

ハヘルトキ   =居られた時のことです。

キシヰノイナタ =「キシヰ」(紀州)の稲田が

ホヲムシニ   =「ホヲムシ」(いなご)に食い荒らされて

イタムオナケキ =傷んでいるのを嘆き

アルカタチ   =現状を

ツクルイサワノ =「イサワ」(伊雑宮)に報告に来る人がいました。

ヲヲンカミ   =ところが、「ヲヲンカミ」(アマテルカミ)は

アマノマナヰニ =丁度「アマノマナヰ」(比沼麻奈為神社)に

ミユキアト   =御幸の後だったのでした。

 

タミノナケキニ =タミ達が嘆くので、

ムカツヒメ   =「ムカツヒメ」(セオリツヒメ)は

イソキキシイニ =急いで「キシイ」(紀州)に

ユキヒラキ   =行き、扇を開いて

タノキニタチテ =田の東に立ち

オシクサニ   =(ワカヒメの)「オシクサ」(教えの手順)に従って

アフクワカヒメ =扇ぎました。(オシクサというのは)「ワカヒメ」が

ウタヨミテ   =(虫祓いの)「ウタ」を詠んで

ハラヒタマエハ =払われると、

ムシサルオ   =虫が飛び去るという教えでした。

 

ムカツヒメヨリ =そこで、「ムカツヒメ」を中心として

コノウタオ   =この(虫祓いの)「ウタ」を

ミソメオマテニ =30人の女官を両翼に

タタツマセ   =佇ませて

オノオノトモニ =各々(ワカヒメと)共に

ウタハシム   =歌わせました。

イナムシハラフ =これが、「イナムシ」(イナゴ)を払う

ワカノマシナイ =「ワカ」(和歌)の「マシナイ」(呪い)です。

 

タネハタネ   =「タネ」(種・田の根・治める根)を徴(はた)らないで!

ウムスキサカメ =「ウムスキ」(発生のし過ぎ)は「サカメ」(逆らう事)ですよ!

マメスメラノ  =「スメラ」(天皇)への「マメ」(忠誠)はどうしたの?!

ソロハモハメソ =「ソロ」(穀物や野菜)、葉も食べないで!

ムシモミナシム =虫も皆、君の「シム」(仲間)なのですよ!

 

※32人が田んぼの東に並んで立って、扇で煽りながらこのウタを360回歌います。

 

クリカエシ   =(このウタを)繰り返して

ミモムソウタヒ =360回歌い

トヨマセハ   =響(どよ)ませますと、

ムシトヒサリテ =虫は飛び去って

ニシノウミ   =西の海の方角に消えました。

サラリムシサリ =さらりと虫が去って、

ヱオハラヒ   =厄を払いますと、

ヤハリワカヤキ =やはり若やいで、

ヨミカエル   =(田は)蘇りました。

ソロニミノリテ =「ソロ」(穀物や野菜)に稔った(このウタは)

ヌハタマノ   =「ヌバタマ」(日扇の種子)の様に明るい花が咲き

ヨノカテオウル =世の糧を得る

オンタカラ   =皇室の宝となりました。

 

ヨロコヒカエス =喜びのお返しに

キシヰクニ   =紀州の国は、

アヒノマヱミヤ =「アヒノマヱミヤ」(現在の日前神宮)と

タマツミヤ   =「タマツミヤ」(現在の玉津島神社)を

ツクレハヤスム =建造して提供しました。そして、空きとなった

アヒミヤオ   =(以前の)「アヒミヤ」を

クニカケトナス =「クニカケ」(宿泊所・現在の国懸神宮)としました。

ワカヒメノ   =「ワカヒメ」の

ココロオトトム =心を留めたのは

タマツミヤ   =「タマツミヤ」(玉津島神社)の方で、(そこに留まり)

カレタルイネノ =(ワカヒメは)枯れた稲が

ワカカエル   =若返った

ワカノウタヨリ =「ワカノウタ」(若のウタ)から

ワカノクニ   =(紀州を)「ワカノクニ」と名付けました。

 

玉津島神社(タマツミヤ)

 

タマツノヲシカ =(ワカヒメ滞在中の折)「タマツミヤ」への勅使(が派遣され)

アチヒコオ   =「アチヒコ」を

ミレハコカルル =見ると、(一目惚れに)恋焦がれたのは

ワカヒメノ   =「ワカヒメ」でした。(ワカヒメは)

ワカノウタヨミ =「ワカノウタ」を詠んで

ウタミソメ   =歌札を染め、

オモイカネテソ =恋しさを抑えきれずに

ススムルオ   =(アチヒコの前に)差し出しました。

ツイトリミレハ =つい、取ってみると(次の様なウタが書かれていました。)

 

キシイコソ   =「キシイ」(紀州)の地こそ、

ツマオミキワニ =「ツマ」(恋しい貴方)を「ミキワ」(汀・身際)にする地です。

コトノネノ   =琴の音を奏でながら

トコニワキミオ =床には「キミ」(貴方)を

マツソコヰシキ =お待ちしていると、一層恋心が募ります。

 

オモエラク   =(アチヒコの)考え惑ったことは、

ハシカケナクテ =「ハシカケ」(仲人)も無くて

ムスフヤハ   =縁組をするのはどうか?と言うことでした。

コレカエサント =とにかく、このウタの返歌をしようとしましたが、

カエラネハ   =返す事ができませんでした。

コトノハナクテ =言葉も無くて、

マチタマエ   =「待っていてください、

ノチカエサント =後で返歌を致しますから」とばかりで、

モチカエリ   =(結局)持ち帰って、

タカマニイタリ =「タカマ」(伊雑宮の朝廷)に至り、

モロニトフ   =諸トミに尋ねました。

 

カナサキイワク =「カナサキ」さんが言うには、

コノウタハ   =「このウタは、

カエコトナラヌ =返す事ができない

マワリウタ   =廻りウタです。

ワレモミユキノ =私も御幸のお供の

フネニアリ   =船上にあった時に、

カセハケシクテ =風が激しく吹いて

ナミタツオ   =波立ったのを

ウチカエサジト =打ち返さんとして

マワリウタヨム =廻りウタを詠んだ事があります。

 

ナカキヨノ   =長き夜の

トオノネフリノ =遠の眠りから

ミナメサメ   =皆が目覚め

ナミノリフネノ =波に乗って走る船の

オトノヨキカナ =音の善いことよ

 

トウタエハ   =この様に歌えば、

カセヤミフネハ =風は止んで船は

ココロヨク   =快く

アワニツクナリ =「アワ」(阿波)に到着しました。

ワカヒメノ   =「ワカヒメ」の

ウタモミヤヒオ =「ウタ」も(同様に)心遣いを

カエサジト   =返せない様にしてあるのです」と。

 

モフセハキミノ =(カナサキさんが)こう申しますと、アマテルカミからの

ミコトノリ   =詔がありました。

カナサキガフネ =「「カナサキ」さんの、その船に

ノリウケテ   =乗り請けて、

メヲトナルナリ =夫婦となりなさい。」

ヤスカワノ   =(アチヒコは)「ヤスカワ」(野洲川)の

シタテルヒメト =「シタテルヒメ」と

アメハレテ   =天下晴れて(夫婦となりました。)

ソノオシクサハ =その「オシクサ」(教えの草)は(次の通りです。)

 

ヌハタマノ   =「ヌハタマ」(桧扇の種子)の

ハナハホノホノ =花は炎の様で、

カラスハノ   =「カラスハ」(桧扇の花弁)の

アカキハヒノテ =紅い色は、日の出の様です。

ヒアフギノ   =その「ヒアフギ」(檜扇)の

イタモテツクル =板を用いて作る

アフキシテ   =扇で(厄を払い)

クニモリヲサム =国を守り治めるという

ヲシヱクサ   =教えの草なのです。

 

カラスアフキハ =「カラスアフギ」(魔を枯らす桧扇の板)は

ソフハナリ   =12枚を準備します。

ヒアフキノハハ =「ヒアフキ」(檜扇)の葉は

ミナハラフ   =皆祓う様に(それぞれ4枚を備え付けます。)

アワノヨソヤソ =(つまり、12X4=48で)アワの48音全てを祓います。

マタミソフ   =また、(1ヶ月の日数を完全に覆う)32の

ミチナワスレソ =「ミチ」(道・法則)を忘れないように。

那智の火祭りの檜扇

ハナキネハ   =「ハナキネ」(ソサオヲ)は

ヰナニツツルオ =(ウタを)5・7に綴る理由を

アネニトフ   =姉の「ヒルコヒメ」に問いました。

アネノコタエハ =姉の答えは

アワノフシ   =「アワノフシ」(自然の巡りの節・冷5と温7)という事でした。

マタトフハラヒ =また(ハナキネは姉に)問いました。「祓いのウタが

ミソフナリ   =(31文字ではなく)32文字なのは何故ですか?!」

 

イマミソヒトハ =「今の質問の、31文字とは

コノヲシヱ   =通常の(ワカウタの)教えの文字数でした。

アメノメクリノ =(1年の)天の巡りの

ミムソヰヱ   =365回を

ヨツミツワケテ =4つに分け、3つに分けると(30.42で、覆う数は)

ミソヒナリ   =31になります。

ツキハオクレテ =ところが、月の巡りは遅れて(29.5日で)

ミソタラス   =30に足りません。

マコトミソヒソ =本当に31で良い様に思えます。

シカレトモ   =しかしながら、

アトサキカカリ =(月のずれで)後先が架かり、

ミソフカモ   =32が良い場合もあります。

アルマウカガフ =隙間を伺う

ヲヱモノオ   =「ヲヱモノ」(疫病神)を

ハラフハウタノ =祓うには、「ウタ」の

コヱアマル   =「コヱ」(声・恵み)の数を余る様にする必要があるのです。」

 

シキシマノヱニ =「シキシマ」(巡る季節の国)に「ヱ」(縁)があって

ヒトウマレ   =人は生まれ、(その命を守る為に)

ミソヒカニカス =(1ヶ月を)31日として「カ」(光・力)が与えられます。

メハミソフ   =「メ」(月の遅れを補う場合)は32日とします。

ウタノカスモテ =「ウタ」の「コヱ」(声・恵み)の数を用いて

ワニコタフ   =「ワ」(地祇)に報いるのです。

コレシキシマノ =これが「シキシマ」(巡る季節の国・大和)の

ワカノミチカナ =「ワカ」(国を明るくする・和歌)の道なのです。

 

(以上です)

 最後の「シキシマノヱニ ヒトウマレ」の「シキシマ」とは、いったいどんな意味だったのか?ということが気になります。ここは私の考えを書いたのですが、「シキシマ」とは(巡る季節の国)のことを言っているのではないかな?と思って書きました。つまり、ヤマトの国のこと。この巡る季節の国に縁を頂いて人が生まれ、その命を守るために、天が一ヶ月を31日として多めに恵みを与えてくださる。和歌も31文字を用いたウタで、国を明るく若返らせる大切な役割があるという事を言っているようですね。

 

1アヤ「キツノナトホムシサルアヤ」(後半)

 今回は1アヤの後半、「ホムシサルアヤ」の箇所になります。「ホムシ」とは(蝗:いなご)の事であり、現在なら農薬散布という事になるのだと思いますが、この時代は「ウタ」で追い払うという食べて害もなく、何とも環境に優しい方法でした。「ワカヒメ」はウタを詠んで見事に退治し、お礼に風光明媚な「タマツミヤ」(玉津島神社)を造ってもらいました。気に入って逗留していますと、勅使の「アチヒコ」さんがやってきて、良い気分にイケメンが現れたという事で、一目惚れをしてしまいました。お二人の結婚の事情も分かり、「ワカウタ」の祓いの意味も分かるという素晴らしい文章です。後半も一緒に読み進めましょう。

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(ホムシサルアヤ)

 

シカルノチ   =(ワカヒメが育ち)宮に戻ってきた後、

イサワノミヤニ =「イサワノミヤ」(伊雑宮)に

ハヘルトキ   =居られた時のことです。

キシヰノイナタ =「キシヰ」(紀州)の稲田が

ホヲムシニ   =「ホヲムシ」(いなご)に食い荒らされて

イタムオナケキ =傷んでいるのを嘆き

アルカタチ   =現状を

ツクルイサワノ =「イサワ」(伊雑宮)に報告に来る人がいました。

ヲヲンカミ   =ところが、「ヲヲンカミ」(アマテルカミ)は

アマノマナヰニ =丁度「アマノマナヰ」(比沼麻奈為神社)に

ミユキアト   =御幸の後だったのでした。

 

タミノナケキニ =タミ達が嘆くので、

ムカツヒメ   =「ムカツヒメ」(セオリツヒメ)は

イソキキシイニ =急いで「キシイ」(紀州)に

ユキヒラキ   =行き、扇を開いて

タノキニタチテ =田の東に立ち

オシクサニ   =(ワカヒメの)「オシクサ」(教えの手順)に従って

アフクワカヒメ =扇ぎました。(オシクサというのは)「ワカヒメ」が

ウタヨミテ   =(虫祓いの)「ウタ」を詠んで

ハラヒタマエハ =払われると、

ムシサルオ   =虫が飛び去るという教えでした。

 

ムカツヒメヨリ =そこで、「ムカツヒメ」を中心として

コノウタオ   =この(虫祓いの)「ウタ」を

ミソメオマテニ =30人の女官を両翼に

タタツマセ   =佇ませて

オノオノトモニ =各々(ワカヒメと)共に

ウタハシム   =歌わせました。

イナムシハラフ =これが、「イナムシ」(イナゴ)を払う

ワカノマシナイ =「ワカ」(和歌)の「マシナイ」(呪い)です。

 ※今回は、この稲虫を祓う和歌の呪いの箇所を読んで、旧約聖書ヨシュア記6章の記述を思い出しました。ヨシュアがイスラエルの人々と伴にエリコの地に来た時に、閉ざされた城の壁を人々の声で壊したという話です。城に攻め入る前に6日間は町の周囲をラッパを吹いて1度周り、7日目には7回巡った後に皆で大声を出したのです。すると城の壁は壊れて、イスラエルの民は皆で城に攻め入り城の男も女も家畜までもを殲滅しました。読み返すと如何にも残酷な話ですが、虫祓いと町の人々の殲滅という対象が違うだけで、大声で滅ぼすというところは不思議にも似ているように感じます。両方の話を比べると、「ワカノマシナイ」の方が現実味がある様に思います。

 因みに下の図は、「ワカヒメ」と「ムカツヒメ」それに30人の女官で32人が並んだのだと思って描きました。ワカノマシナイは32文字なので、32人だという事です。

タネハタネ   =「タネ」(種・田の根・治める根)を徴(はた)らないで!

ウムスキサカメ =「ウムスキ」(発生のし過ぎ)は「サカメ」(逆らう事)ですよ!

マメスメラノ  =「スメラ」(天皇)への「マメ」(忠誠)はどうしたの?!

ソロハモハメソ =「ソロ」(穀物や野菜)、葉も食べないで!

ムシモミナシム =虫も皆、「シム」(仲間)なのですよ!

 

クリカエシ   =(このウタを)繰り返して

ミモムソウタヒ =360回歌い

トヨマセハ   =響(どよ)ませますと、

ムシトヒサリテ =虫は飛び去って

ニシノウミ   =西の海の方角に消えました。

サラリムシサリ =さらりと虫が去って、

ヱオハラヒ   =厄を払いますと、

ヤハリワカヤキ =やはり若やいで、

ヨミカエル   =(田は)蘇りました。

ソロニミノリテ =「ソロ」(穀物や野菜)に稔った(このウタは)

ヌハタマノ   =「ヌバタマ」(日扇の種子)の様に明るい花が咲き

ヨノカテオウル =世の糧を得る

オンタカラ   =大切な宝となりました。

 

ヨロコヒカエス =喜びのお返しに

キシヰクニ   =紀州の国は、

アヒノマヱミヤ =「アヒノマヱミヤ」(現在の日前神宮)と

タマツミヤ   =「タマツミヤ」(現在の玉津島神社)を

ツクレハヤスム =建造して提供しました。そして、空きとなった

アヒミヤオ   =(以前の)「アヒミヤ」を

クニカケトナス =「クニカケ」(宿泊所・現在の国懸神宮)としました。

ワカヒメノ   =「ワカヒメ」の

ココロオトトム =心を留めたのは

タマツミヤ   =「タマツミヤ」(玉津島神社)の方で、(そこに留まり)

カレタルイネノ =(ワカヒメは)枯れた稲が

ワカカエル   =若返った

ワカノウタヨリ =「ワカノウタ」(若のウタ)から

ワカノクニ   =(紀州を)「ワカノクニ」と名付けました。

玉津島神社

タマツノヲシカ =(ワカヒメ滞在中の折)「タマツミヤ」への勅使(が派遣され)

アチヒコオ   =「アチヒコ」を

ミレハコカルル =見ると、(一目惚れに)恋焦がれたのは

ワカヒメノ   =「ワカヒメ」でした。(ワカヒメは)

ワカノウタヨミ =「ワカノウタ」を詠んで

ウタミソメ   =歌札を染め、

オモイカネテソ =恋しさを抑えきれずに

ススムルオ   =(アチヒコの前に)差し出しました。

ツイトリミレハ =つい、取ってみると(次の様なウタが書かれていました。)

 

キシイコソ   =「キシイ」(紀州)の地こそ、

ツマオミキワニ =「ツマ」(恋しい貴方)を「ミキワ」(汀·身際)にする地です。

コトノネノ   =琴の音を奏でながら

トコニワキミオ =床には「キミ」(貴方)を

マツソコヰシキ =お待ちしていると、一層恋心が募ります。

 

オモエラク   =(アチヒコの)考え惑ったことは、

ハシカケナクテ =「ハシカケ」(仲人)も無くて

ムスフヤハ   =縁組をするのはどうか?と言うことでした。

コレカエサント =とにかく、このウタの返歌をしようとしましたが、

カエラネハ   =返す事ができませんでした。

コトノハナクテ =言葉も無くて、

マチタマエ   =「待っていてください、

ノチカエサント =後で返歌を致しますから」とばかりで、

モチカエリ   =(結局)持ち帰って、

タカマニイタリ =「タカマ」(伊雑宮の朝廷)に至り、

モロニトフ   =諸トミに尋ねました。

 

カナサキイワク =「カナサキ」さんが言うには、

コノウタハ   =「このウタは、

カエコトナラヌ =返す事ができない

マワリウタ   =廻りウタです。

ワレモミユキノ =私も御幸のお供の

フネニアリ   =船上にあった時に、

カセハケシクテ =風が激しく吹いて

ナミタツオ   =波立ったのを

ウチカエサジト =打ち返さんとして

マワリウタヨム =廻りウタを詠んだ事があります。

 

ナカキヨノ   =長き夜の

トオノネフリノ =遠の眠りから

ミナメサメ   =皆が目覚め

ナミノリフネノ =波に乗って走る船の

オトノヨキカナ =音の善いことよ

 

※奇しくも、本日車に乗ってラジオを聴いていましたら、この詩が落語で使われていました。😵あまりのタイミングに、全くもって引き寄せとしか思えませんでした。落語の題名も聞いたのですが、忘れてしまって検索しましたら、落語は分からなかったのですけれど、江戸時代の初夢の縁起物の「ウタ」として用いられていた様ですね!ヲシテ文献からの引用なのでしょうか。「ナカキヨ」については、ヲシテ講習会の際の池田先生の解説では「ナカキヨ」=(長き夜)ではなく(宇宙の中心から来る世)という解釈でしたが、今回は一般的な解釈を書きました。

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◆正月の縁起物

江戸時代、よい初夢を見るために 枕の下に宝船の絵を敷いて寝る風習がありました。

米俵、千両箱、松竹梅、扇子(末広がり)など 縁起のよいものをたくさん積み込んだ宝船の絵は、 初詣の社寺で配られたり、
宝船売りが町中を売り歩いたりしていたそうです。

最初は宝船だけだったのが、 いつしか七福神まで乗客にしてめでたさを増量。
さらにはこういう歌を書き込んだものが現われました。

○なかきよの とおのねふりの みなめさめ

○なみのりふねの おとのよきかな

上から読んでも下から読んでも同じ、つまり回文(かいぶん)です。
漢字を使うと「長き夜の遠の睡(ねむ)りの皆目醒(めざ)め
波乗り船の音の良きかな」となります。

意味は、長い冬の夜の長い眠りからすべてが目覚め、 波に乗る船の進む音が心地よい、といったところでしょうか。

どこがめでたいのでしょう。
回文だから終わりがないというのか、それとも 宝船の夢を見て目覚めるからなのか。

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トウタエハ   =この様に歌えば、

カセヤミフネハ =風は止んで船は

ココロヨク   =快く

アワニツクナリ =「アワ」(阿波)に到着しました。

ワカヒメノ   =「ワカヒメ」の

ウタモミヤヒオ =「ウタ」も(同様に)心遣いを

カエサジト   =返せない様にしてあるのです」と。

 

モフセハキミノ =(カナサキさんが)こう申しますと、アマテルカミからの

ミコトノリ   =詔がありました。

カナサキガフネ =「「カナサキ」さんの、その船に

ノリウケテ   =乗り請けて、

メヲトナルナリ =夫婦となりなさい。」

ヤスカワノ   =(アチヒコは)「ヤスカワ」(野洲川)の

シタテルヒメト =「シタテルヒメ」と

アメハレテ   =天下晴れて(夫婦となりました。)

ソノオシクサハ =その「オシクサ」(教えの草)は(次の通りです。)

 

ヌハタマノ   =「ヌハタマ」(桧扇の種子)の

ハナハホノホノ =花は炎の様で、

カラスハノ   =「カラスハ」(桧扇の花弁)の

アカキハヒノテ =紅い色は、日の出の様です。

ヒアフギノ   =その「ヒアフギ」(檜扇)の

イタモテツクル =板を用いて作る

アフキシテ   =扇で(厄を払い)

クニモリヲサム =国を守り治めるという

ヲシヱクサ   =教えの草なのです。

 

カラスアフキハ =「カラスアフギ」(魔を枯らす桧扇の板)は

ソフハナリ   =12枚を準備します。

ヒアフキノハハ =「ヒアフキ」(檜扇)の葉は

ミナハラフ   =皆祓う様に(それぞれ4枚を備え付けます。)

アワノヨソヤソ =(つまり、12X4=48で)アワの48音全てを祓います。

マタミソフ   =また、(1ヶ月の日数を完全に覆う)32の

ミチナワスレソ =「ミチ」(道・法則)を忘れないように。

 

ハナキネハ   =「ハナキネ」(ソサオヲ)は

ヰナニツツルオ =(ウタを)5・7に綴る理由を

アネニトフ   =姉の「ヒルコヒメ」に問いました。

アネノコタエハ =姉の答えは

アワノフシ   =「アワノフシ」(自然の巡りの節・冷5と温7)という事でした。

マタトフハラヒ =また(ハナキネは姉に)問いました。「祓いのウタが

ミソフナリ   =(31文字ではなく)32文字なのは何故ですか?!」

※「アワノフシ」という表現で何を伝えているのか?を汲み取るのは難しいですね。言葉の節なのか?天地の節なのか?私の場合は5文字と7文字なので、一年の12ヶ月のうちの稲作の休みの5ヶ月と、稲作の期間の7ヶ月なのかな?という様に考えました。

イマミソヒトハ =「今の質問の、31文字とは

コノヲシヱ   =通常の(ワカウタの)教えの文字数でした。

アメノメクリノ =(1年の)天の巡りの

ミムソヰヱ   =365回を

ヨツミツワケテ =4つに分け、3つに分けると(30.42で、覆う数は)

ミソヒナリ   =31になります。

ツキハオクレテ =ところが、月の巡りは遅れて(29.5日で)

ミソタラス   =30に足りません。

マコトミソヒソ =本当に31で良い様に思えます。

シカレトモ   =しかしながら、

アトサキカカリ =(月のずれで)後先が架かり、

ミソフカモ   =32が良い場合もあります。

アルマウカガフ =隙間を伺う

ヲヱモノオ   =「ヲヱモノ」(疫病神)を

ハラフハウタノ =祓うには、「ウタ」の

コヱアマル   =「コヱ」(声・恵み)の数を余る様にする必要があるのです。」

 

シキシマノヱニ =「シキシマ」(巡る季節の国)に「ヱ」(縁)があって

ヒトウマレ   =人は生まれ、(その命を守る為に)

ミソヒカニカス =(1ヶ月を)31日として「カ」(光・力)が与えられます。

メハミソフ   =「メ」(月の遅れを補う場合)は32日とします。

ウタノカスモテ =「ウタ」の「コヱ」(声・恵み)の数を用いて

ワニコタフ   =「ワ」(地祇)に報いるのです。

コレシキシマノ =これが「シキシマ」(巡る季節の国・大和)の

ワカノミチカナ =「ワカ」(国を明るくする・和歌)の道なのです。

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(以上です)

 これにて1アヤの終わりになります。出だしのアヤだけあって、読者の心を掴みながらも「ヲシテ時代」の哲学の基礎を端的に伝えている素晴らしい文章だと思います。それだけに、言葉の意味も凝縮されていて、最後の「シキシマ」という言葉の意味などはとっても深いですね!ずっと考えていたのですが、私は「シキシマ」とは(春夏秋冬の季節の巡り)の事を言っているのではないか?と考えました。「シ」=動きの無い季節、「キ」=動きのある季節、その巡りの間にある「マ」=空間、ということで「シキシマ」=(巡る季節の国・大和)と書いてみました。これで合っているのかどうかは分かりませが、とにかく「シキシマ」の国は大和であって、自然の巡りに忠実に生きるのが我々大和民族なのだと思います。

 次回は、2アヤ「アメナナヨトコミキノアヤ」、お酒の話になります。方位の次に出てくるので、ヤマトの国にとってお酒は大切なものだったのだと言うことが分かります。次回もお楽しみに、ではまた。( ◠‿◠ )♪

1アヤ「キツノナトホムシサルアヤ」(前半)

 明日は天皇誕生日で今日の土曜日は三連休の初め、朝から雪が降り積もってまた雪の中です。中々暖かくはなりませんが、春が近くなったかと思うと今年は出雲大社も行きたいとか靖国神社にも参拝したいとか、気持ちの中は動き出しました。ヲシテの勉強も8年目に入り、小学校の一年生に入学したと思えば、今年は中学2年生です。また、1アヤから少しずつ学びを重ねていこうと思っています。

 1アヤは「キツノナトホムシサルアヤ」、今回は前半の「キツノナノアヤ」という事になりますが、「東西南北」の名前の由来が「ワカヒメ」の生い立ちを元にして、大変に興味深く書かれています。何度も繰り返して読みたいヲシテの基礎となるアヤですね。それでは、一緒に読み進めて行きましょう。\(^-^)/♪

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1アヤ:ホツマツタヱ ミハタノハツ

キツノナトホムシサルアヤ

 

ソレワカハ   =「ワカウタ」という名は、

ワカヒメノカミ =「ワカヒメノカミ」から付けられたと言う話をします。

 

ステラレテ   =(幼少期のワカヒメは両親の厄年に産まれたのが元で)捨てられて、

ヒロタトソタツ =それを拾った「ヒロタ」の宮(廣田神社)で育てられました。

カナサキノ   =「カナサキ」さんの

ツマノチオヱテ =妻の乳を得ながら

アワウワヤ   =「アワウワ」(乳児の頃の言葉の教育)や、

テフチシホノメ =手を打ちながらの「潮の目」のあやしもして貰いました。

 

ウマレヒハ   =(一般の養育と同じく、1年目)2歳の誕生日には

カシミケソナエ =炊いたご飯のお供えをし

タチマヒヤ   =「タチマヒ」(立った立った)の行事をしました。

 

ミフユカミオキ =(2年目)3歳の冬には(子供の仲間入りで)童子髪にし

ハツヒモチ   =(1月1日は)お正月のお餅も食べる様になります。

アワノウヤマヒ =こうして、天地のカミを敬う行事に参加する様になり、

モモニヒナ   =(3月3日の)桃の節句には、ひな祭りがあります。

アヤメニチマキ =(5月5日の)菖蒲の時期には、粽を食べて元気に過ごし、

タナハタヤ   =(7月7日の)七夕のお祭りには(星に祈り)

キククリイワヒ =(9月9日は)菊栗のお祝いをします。

 

ヰトシフユ   =5歳の冬(11月15日:後の七五三)には

ヲハハカマキル =男児は袴を着ますし、

メハカツキ   =女児は被衣(かつぎ)を着て(儀式を行います。)

コトハオナオス =これより、言葉を(幼児言葉から大人の言葉へと)直すので、

アワウタオ   =「アワウタ」を

ツネニオシヱテ =常に教えて貰うようになります。

 

アカハナマ   =「アカハナマ

イキヒニミウク =イキヒニミウク

フヌムエケ   =フヌムエケ

ヘネメオコホノ =ヘネメオコホノ

モトロソヨ   =モトロソヨ

ヲテレセヱツル =ヲテレセヱツル

スユンチリ   =スユンチリ

シヰタラサヤワ =シヰタラサヤワ」

 

アワノウタ   =「アワノウタ」は

カタカキウチテ =「カタ」を掻き打ち

ヒキウタフ   =(琴を)弾いて歌います。

オノツトコヱモ =こうすると、声も

アキラカニ   =はっきりとしてきて、

ヰクラムワタヲ =「ヰクラムワタ」(五臓六腑)や「ヲ」(丹田)に染み通って

ネコヱワケ   =「ネコヱ」(正しい発音・基礎の教育)が理解できるのです。

フソヨニカヨヒ =(アとワの)24音の「アワウタ」を継いで歌うので、

ヨソヤコヱ   =48音の声を発声して歌うことになります。

 

※「カタカキウチテ」の箇所の「カタ」とは何であるか?という事ですが、文脈から「カタ」=(肩に担ぐ鼓(つづみ))かと思っていましたが、どうも現在の肩に担ぐ鼓とは違って鞨鼓(かっこ)や三ノ鼓(さんのつづみ)の様に置いて、桴(ばち)で打つ楽器かも知れません。因みに桴(ばち)で打つ事を「掻く」という様です。(下の図が鞨鼓(かっこ))

 「ヰクラ・ムワタ・ヲ」に関しては、私は「ヰクラ」=(五臓と心の五要素)「ムワタ」=(六腑・副臓器)と解釈しており、今回は「ヲ」が何であるか?という事を考えました。池田先生は「ヲ」はタマノヲの「ヲ」と言っておられましたが、私は「ヲ」=(丹田)ではないか?と考えてみました。

コレミノウチノ =こうすると、身体のうちの

メクリヨク   =(血液の)流れが良くなり、

ヤマヒアラネハ =病気にもなりませんので、

ナカラエリ   =長生きが出来ると言う効果もあります。

スミヱノヲキナ =「スミヱノヲキナ」(カナサキさん)は、

コレオシル   =この事をよく理解していました。

 

ワカヒメサトク =「ワカヒメ」も幼い頃から賢かったので、

カナサキニ   =「カナサキ」さんに

キツサネノナノ =「キツサネ」(東西南北)の名の

ユヱオコフ   =由来を尋ねました。

 

ヲキナノイワク =翁の(カナサキさんが)答えて言うには、

ヒノイツル   =「日の出る

カシラハヒカシ =頭は「ヒカシ」(東)と言うし、

タケノホル   =岳を昇って

ミナミルミナミ =皆が見るのは「ミナミ」(南)と言う。

ヒノオツル   =日が落ちる

ニシハニシツム =「ニシ」(西)は、「ニ」(丹)が沈むから。

 

ヨネトミツ   =米と水を

カマニカシクハ =釜で炊くのは、

ヒカシラヤ   =「ヒカシラ」(火の責任者・東)であるし、

ニヱハナミナミ =煮え端は「ミナミ」(皆が見ます・南)

ニヱシツム   =煮え沈むのは(「ニシ」(西)と言います。)」

         (この様に教えて下さいました。)

 

ヱカヒトタヒノ =「ヱカ」(祭礼の日)に1度の

ミケハコレ   =「ミケ」(御饌)として捧げるお供えは、この炊いたご飯でした。

フルトシフヨリ =古い時代に(月に)2度になり、

ツキミケノ   =次には、月に3度になりましたが、

ヒトハモヨロニ =(その頃は)100万年の寿命でした。

 

ツキムケノ   =ところが、月に6度のお米の食事になったころには、

ヒトハフソヨロ =人の寿命は20万年になってしまいました。

イマノヨハ   =そして、現在の世の中では、

タタフヨロトシ =たったの2万年しか

イキナルル   =生きられなくなってしまいました。

ミケカサナレハ =「ミケ」(お米の食事)が増えたら

ヨワヒナシ   =寿命が短くなってしまったのです。

※お米の収穫が増えて、炊いたご飯を食べる機会が増えるにつれ、人々の寿命が短くなったという記述は興味深いですね。やはり、神様が用意して下さった自然の食物を摂っていた方が長生きできたのだと感じられます。例えば、貝や木の実と言った食物が考えられますが、弥生時代になって寒冷化により自然な食物が減ったという事や、人口増加という事情もあり、致し方なかったのだとも思えます。

ユエニヲンカミ =その故に、アマテルカミは

ツキニミケ   =月に3度の「ミケ」(お米の食事)になさっていました。

ニカキハホナヤ =そして、苦い「ハホナ」(千代見草)を食べたり、

ミナミムキ   =南向きの(日に当たる生活をしておられました。)

アサキオウケテ =朝の気を受けて

ナガイキノ   =長生きの(気を足しておられたのです。)

 

ミヤノウシロオ =宮の後ろを

キタトイフ   =「キタ」(北)と言いますが、

ヨルハネルユヱ =夜は寝るので、

キタハネソ   =「キタ」(気を足すの)は「ネ」(北・寝る)なのです。

モシヒトキタリ =もし人が訪ねてきて

コトワケン   =談判をした場合を考えてみましょう。

アワネハキタヨ =会わなかったら「キタ」(来た・北)で終わりますが、

アフハヒテ   =会うのなら「ヒテ」(日の出)の(東になります。)

ミナミニコトオ =「ミナミ」(皆が見る場所・南)に事の次第を

ワキマエテ   =(議論し)納得をしたのなら

オチツクハニシ =落ち着くのは「ニシ」(丹し・西)で、

カエルキタ   =帰るのは「キタ」(気を足す・北)です。

ネヨリキタリテ =つまり、「ネ」(北)より来たりて

ネニカエル   =「ネ」(北・寝)に帰るのです。

 

キハハルワカハ =「キ」(樹)には、春は若葉が萌え、

ナツアオハ   =夏は青葉が茂ります。

アキニヱモミチ =秋には葉が色づく紅葉になり、

フユオチハ   =冬は落ち葉になります。

コレモオナシク =また、これも同じ様に、

ネハキタニ   =「ネ」(寝る)のは「キタ」(気を足す・北)に

キサスヒカシヤ =「キ」が差す(兆す)のは「ヒカシ」(日頭・東)であって、

サニサカヱ   =「サ」(南)に栄え、

ツハニシツクル =「ツ」(西)は「ニ」(丹)し尽きる

ヲハキミノ   =「ヲ」(中央)は君が

クニヲサムレハ =国を治める場所なので

キツヲサネ   =「キツヲサネ」は

ヨモトナカナリ =四方と中央を意味しています。

 

キハヒカシ   =木は「ヒカシ」(東)

ハナハモミナミ =花と葉も「ミナミ」(南)

コノミニシ   =木の実は「ニシ」(西)

ミオワケオフル =実を分けて「オフル」(伸び生じる)

キノミユエ   =木の実ですので、

キミハヲメカミ =「キ・ミ」(君・木と実)は「ヲ・メ」(男・女)のカミなのです。

(前半の「キツノナノアヤ」の箇所はここまで)

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 このアヤには、東西南北の意味と由来だけではなく、炊いたお米を食べる回数が増えるに従って人々の寿命が短くなっている事まで書かれていますね。現代の糖質制限の話に似ていますが、この頃はお米の食べ始めで、体にまだ合ってなかったのでしょうか?それに比べてあれから三千年以上が経ち、お米が日本人の身体に合う様になったとも考えられます。何よりも、国民が長生きする事を考えて下さった「アマテルカミ」に感謝の気持ちが湧いてきます。

 次回の後半、「ホムシサルアヤ」もお楽しみに、ではまた。( ^∀^)♪

 

令和7年2月16日(日曜日)のヲシテ講習会に参加してきました!\(^-^)/

 京都の「ヲシテ講習会」のご報告も久しぶりになりましたが、2月の講習会が土曜日から日曜日に変更になったので、参加をしてきました。( ◠‿◠ )♪ コロナ騒動があってから、うちのお店のお休みを日曜日に設けたので、土曜日が出掛けにくくなりました。(⌒-⌒; )・・

 今回は、会場が土曜日に取れなくて日曜日に変更になったのだと思いますが、これもまた好都合で、チャンスとばかりに出掛けたのでした。今年は干し柿も親戚の柿農園さんから届いたばかりで、手土産に持って行くのに好都合でした。

 さて、寒い寒い毎日でしたが、この16日だけは暖かくて、冬のジャンパーを着て出たのを後悔した程です。💦岐阜羽島から新幹線に乗って京都駅に降りると、びっくり❗️エスカレーターを降りたところで小さい女の子が急にひっくり返って、癲癇(てんかん)を起こしていました。😵初めての遭遇で、どうしたものか?!・・戸惑っていると、直ぐに駅員さんも駆けつけて下さって、安心したところで歩を進めました。近年は難病の人が多くて、対策の必要性をつくずく感じるのでした!

 地下鉄に乗り換えたら、到着駅は「蹴上駅」(けあげえき)、外に出ると琵琶湖疏水の「インクライン」が目の前にあります。あれあれ??しばらく来ないうちに、新しくカレー屋さんが出来ているではありませんか!記念写真をパチリ!

 過ぎると、道すがらに「ねじりまんぽ」(蹴上トンネル)があって、不思議な異次元空間への通り道!!😵 冒険心が騒いで、思い切って通り抜ける事にしました。トンネルの向こうには南禅寺があるので、折角ですから大きな三門が見たくなりました。鞄から出したカメラを首に下げ、すっかり観光客気分です。

 歩いてみると、京都は岐阜からそんなに遠くはないのですが、随分と雰囲気が違うものです。

 何度見ても大きな山門です。南禅寺のこの立派な山門は、やっぱり「三門」(さんもん)と言うのですね!

 湯豆腐屋さんが立ち並ぶ参道を歩いて会場の「京都市国際交流会館」に向かうと、手前の交差点のところに「インクライン」の線路が見えます。ここは桜の季節になると歩く人がいっぱいで、着物を着た女性の姿も目立ってとっても華やかになりますね。春が待ち遠しく感じます!

 交差点を渡れば、会場の「京都市国際交流会館」です。外人さんがメインの会場なので、ヲシテの学習にも外国人が受講に来る日も間近な気もします!(笑)

 11時半、到着すると既に先に来た皆さんが昼食を始めてみえました。私のことも覚えていて下さる人が居て良かったです。(笑)美味しいものがいっぱいで、池田先生の手作り「温野菜」と納豆も頂きました。( ^∀^)♪ 残念ながら、今回は食事風景も特に撮影せず、私の持って行った干し柿の撮影も無しです。😅・・ひとつ撮影したのは、古賀さんが持ってきて下さった「豆大福」です。お店の名前は忘れましたが、あの有名な行列のできるお店のが京都駅で買えたらしいのです。いつか並んで買いたいと思っていたので、ラッキーでした。♪(家に貰って帰って、ちょっと食べたら流石に豆が美味しかったです!有難うございました♪)

 昼食の時間が終わって、久しぶりに会った皆様とお話をしていると、あっという間に1時からの講習会のお時間へと突入です!ズームでの配信と録音もオンにして、順調にスタートしました。先ずは額に掲げられた書の説明です。

 本日の書は「ニココロ」、これは「アワウタノアヤ」の発見によって明らかになった言葉なんですね!ヤマトの国は、「ニ」の優しい心によって、人々が結びついていたという事も、重要な発見の一つなのですね。

 そして、講習会が本文へと入って行きました。今回は新たに1アヤへと振り出しに戻って「キツノナトホムシサルアヤ」です。私は折角ですから、毎回分からないところは質問をするようにしていますが、2度目にも拘わらず、やっぱり分からないところは残ったままです!^^;

 今回の質問は、

Q1、「カタカキウチテ」=(カタ(打楽器)を掻き打ち)というところで、「カキ」というのは(担ぎ)ではないでしょうか?つまり「カタ」というのは鼓(つづみ)のことで、それを担ぎ打つという事ではないか?という事。

Q2、「ヰクラムワタヲ」=(人体構成の基本、心と身体の元)のところでは、「ヲ」は「ヰクラムワタ」の下なので、「ヲ」=(丹田)を意味しているのではないでしょうか?という事。

Q3、「ユエニオンカミ ツキニミケ」=(此の故に、ヲンカミは月に1度のミケに止められて居られます)の箇所の「ミケ」は3度の食事かも知れませんね?という事。

 これらの質問に関して、お答えのA1は、そもそも「カタ」という楽器が何かは分からないのだそうです。A2は、「ヲ」は霊の尾の様なものだと言う事でした。A3に至っては、そもそもアマテルカミの食事が月に1度か3度かと言うよりも、何故こんなに少ないのか?という事も疑問だという事でした。やはり、いつまで経っても疑問は残りますね!!(◎_◎;)

 その他にも質問は幾つかありましたが、印象的だったのは古賀さんの質問で、

Q、「ワカヒメノ ワカノウタヨミ」の箇所の「ワカノウタ」という意味は(求婚のウタ)という意味になりませんか?という問いかけでした。私はこの質問を聴いていて、女性の感性は凄いものだなと感じました!自分には全く無い感性でしたし、様々な人の解釈を聴いてみるべきだな、という気持ちになりました。

 さてさて、肝心な本文の内容に関しては、いつも通りに次回のご報告という事にしまして、講習会が終わって池田先生もお帰りになられますと、有志が残って一階のホールで茶話会です。私がズーム受講を続けているうちに新しい方も見えていて、とってもお話が弾みました。その中で、狭山市から見えている森本さんという方が、池田先生が松本先生から勧められて三度読んだという、本居宣長の本を見せて下さいました。私も機会があったら読ませて頂こうと思って、写真を撮らせて頂きました。

 本居宣長は『古事記』を広めた学者ですので、『ホツマツタヱ』を学んでいる立場からすれば礼賛するには及ばないという事にはなりますが、何れにしても立派な学者様ですので、良きことが書かれているのだとは思います。その他、現在はアメリカのトランプ大統領が大胆な改革を次々と進めておられるので、目が離せないという話など、話題に尽きない茶話会となりました。また、来れる時には参加したいと思ってます。

・・以上、久しぶりの京都はやっぱり良かったというご報告でした。それではまた。( ◠‿◠ )♪

奉呈文:ホツマツタヱオノフ

 こんにちは。お久しぶりの投稿となりますが、1月の京都「ヲシテ講習会」も終わって、今日は奉呈文の対訳をアップさせて頂く事にしました。現代語にするには中々難しいので、何度も考え直して書き直しをしていましたが、また気づいた時点で書き直す事にして、アップすることにしました。お気付きの点がありましたら、ご指摘をお願い致します。m(_ _)m

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0アヤ、奉呈文:ホツマツタヱオノフ

 

         (ヲヲタタネコさんによる奉呈の言葉)

アメツチノ   =天地が

ヒラケシトキニ =開闢してからのことになりますが、

フタカミノ   =「フタカミ」(イサナギ・イサナミ様)が

トホコニヲサム =「ト」(トのヲシヱ)と「ホコ」(矛)によって国を治めますと、

タミマシテ   =(国が安定し)タミが増して来ました。

アマテルカミノ =それに「アマテルカミ」が

ミカガミオ   =(ハタレの乱を経て)「ミカガミ」(御鏡)を

タシテミクサノ =足され、「ミクサ」(三種)の

ミタカラオ   =「ミタカラ」(神宝)となりました。(その神宝を)

サツクミマコノ =「ミマコ」(御孫のニニキネさん)にも授けますと、

トミタミモ   =「トミ」や「タミ」達も

ミヤスケレハヤ =更に暮らしが安定して来ました。

 

トミガヲヤ   =(時代を経て)私の親(オミケヌシ)が

シイルイサメノ =(フトヒヒ:開化天皇に)強くお諌めをした事がありました。

オソレミニ   =その恐れ多い行為に、

カクレスミユク =(私達親子は二代にかけて)隠れ住んで居ましたところ、

スヱツミオ   =(子の)「スヱツミ」(オオタタネコ)を(ミマキ:崇神天皇は)

イマメサルレハ =今の世に、お召し上げ下さいました。

ソノメクミ   =(私は)その御恵み(に感謝して)

アメニカエリノ  =「アメ」(朝廷)に帰らせて頂いた

モフテモノ   =手土産として

ホツマツタヱノ =『ホツマツタヱ』の

ヨソアヤオ   =40アヤを

アミタテマツリ =(ここに、やっと)編集し、献上させて頂きました。

キミガヨノ   =(この文が)君の御代の

スエノタメシト =末代までの「タメシ」(歴史書)と

ナランカト   =なる事を祈念して、

オソレミナカラ =恐れみながら

ツホメオク   =全巻揃えて蔵書とさせて頂きます。

 

コレミンヒトハ =この『ホツマツタヱ』を見る人達が

シワカミノ   =(ニニキネ様の時代の様に)「シワカミ」(カミと一体)の

ココロホツマト =心を取り戻し、「ホツマ」(情熱の集まり)と

ナルトキハ   =なる時には、

ハナサクミヨノ =花咲く御代の

ハルヤキヌラン =春が来る事でしょう。

 

イソノハノ   =磯部に広がる

マサコハヨミテ =浜の砂粒は、(どんなに多くても)数えれば

ツクルトモ   =数え切れるかも知れませんが、

ホツマノミチハ =「ホツマノミチ」(熱き者達の道)は

イクヨツキセシ =幾世代も(決して)尽きない事でしょう。

 

ミワノトミ   =三輪のトミ

ヲヲタタネコガ =「ヲヲタタネコ」が

ササケント   =ここに奉呈する年、

フモミソヨトシ =234歳

ツツシミテヲス =謹んで押印を捺します。

 

 

         (ヲヲカシマさんによる『ホツマツタヱ』の前書き)

ヲリツケノ   =折り付けの

ウハノシルシト =上の印として

ハナヲシオ   =「ハナヲシ」(花押)を

ソヱテササクル =添え、ここに捧げるのは

コトノヘノウタ =「コトノベ」(前書き)の「ウタ」です。

 

ヒサカタノ   =アマテルカミ以来、

アメガシタシル =天下を治めておられる

ワガキミノ   =我らが「キミ」(ヲシロワケ様:景行天皇)の

ヨヨニツタハル =代々に伝わる

カンムリハ   =冠というのは、

アマテルカミノ =「アマテルカミ」が

ツクラセテ   =作らせられ、

サヲシカヤツノ =八方に派遣される勅使の

ヲンミミニ   =方々に(この冠を被らせ、朝廷政治を)

キコシメサルル =お聞き届けなさいました。

 

アサマツリ   =これにより、朝廷政治が

アマネクトホリ =(ヤマトの国中に)普く通り

アマテラス   =天下を照らしましたので、(アマテルカミの)

ヲヲンタカラノ =(宝である)国民の

ヰモヤスク   =暮らしも安泰になり、

ヤスクニミヤト =(ハラの宮は)「ヤスクニミヤ」と

タタヱマス   =讃えられる様になりました。

 

ヤヨロトシヘテ =(アマテルカミは)8万年の治世を経て

コヱウチノ   =「コヱ」(基礎教育道場)である「ウチ」(内宮)の

イサワノミヤニ =「イサワノミヤ」(伊雑宮)に

ヲワシマス   =居られました。

ミコオシホミハ =その御子の「オシホミミ」様は

ヒタカミノ   =「ヒタカミ」(東北仙台)の

タカノコウニテ =「タカノコウ」(志波彦神社?)にて

クニヲサム   =国を治められました。

マコホノアカリ =孫の「ホノカカリ」さんは

カクヤマノ   =「カクヤマ」(奈良の香久山)の

アスカノミヤニ =「アスカノミヤ」(飛鳥の宮:飛鳥坐神社)に

ヲワシマス   =居られました。

 

オトニニギネハ =その弟の「ニニギネ」様は

ニイタナス   =新田開発に励まれました。

ニハリノミヤノ =最初の「ニハリノミヤ」(新治の宮)には

ソヤヨロニ   =18万年の間居られるうちに

ニイタミフヱテ =新たにタミも増え、

ナモタカキ   =次は、名も高き

ハラミノミヤニ =「ハラミノミヤ」(富士山南麓:浅間大社)に遷って

タミオタシ   =タミを治められました。(そこではニハリのタミも協力し)

ツイニシワカミ =遂に「シワカミ」(カミと共に成す)

ホツマナル   =「ホツマ」(情熱の地・関東)と呼ばれる迄になりました。

ムソヨロトシノ =(ニニキネ様は)60万年の間、

ヨオシリテ   =世を治められて、

イカツチワクル =「イカツチ」(雷)を(火と水に)別けてお祭りする

イツノカミ   =立派な功績を挙げられた「カミ」となりました。

 

トキニヲンカミ =褒め名が賜られた時に「アマテルカミ」が

ノタマフハ   =仰いましたのは、次の御言葉でした。

イマニニキネノ =「今は「ニニキネ」の

サキミタマ   =「サキミタマ」(幸御霊)となって顕れているのは

クニトコタチノ =「クニトコタチ」さんの

ワサミタマ   =「ワサミタマ」(業御霊)です。

アラハルイツト =(その「ワサミタマ」が)顕れた「イツ」(業績)だと

カガナエテ   =考えて、

ワケイカツチノ =「ワケイカツチノ

アマキミト   =アマキミ」(雷を別けたアマキミ)と名付けました」と。

ナツケタマハル =(これにより、アマ「キミ」と)名付け賜る

ヨノハシメ   =世の初めになりました。

イマスヘラギノ =今は「スヘラギ」とも呼ばれる、

アマキミハ   =「アマキミ」という呼び名は、

ミナニニキネノ =皆「ニニキネ」さんの

イツニヨル   =功績によるものです。

 

ミコマコヒコノ =御子、孫、曾孫の

スエマテモ   =末までも

アマテラシマス =天下を照らし(見守られた)

ヲヲンカミ   =「アマテルカミ」は

モモナソヨロノ =170万歳の

トシオヘテ   =年を経て、

モトノヒノワニ =元の「ヒノワ」(太陽)に

カエマシテ   =お帰りになられ、

アオヒトクサオ =(今は天界から)人々を

テラシマス   =照らしておられます。

コノユエキミモ =この故に「キミ」も

トミタミモ   =「トミ」や「タミ」達も

ヰオヤスクヌル =安心して暮らして居られるのです。

ヲンメクミ   =この有難いお恵みを

ヨニアラハセル =世に著す

ソノフミハ   =その文は、

ホツマツタヱニ =『ホツマツタヱ』に

マサルナシ   =勝るものはありません。

 

イマヨニノコル =(しかしながら)今、世に残る

イヱイヱノ   =家々の

フミモソレソレ =文もそれぞれに

カハリアル   =違いがあります。

タレオマコトト =そして、誰の家の書物が誠かと

ナシカタシ   =決めるのも難しいのです。

カレニヒトツオ =例えば、その中の一例を

アケシルス   =挙げて記してみますと、

フソムノアヤニ =26アヤに

カモワレテ   =「「カモ」(鴨船)が難破して

トヨタマヒメモ =「トヨタマヒメ」も

ナキサニテ   =波打ち際で

タケキココロニ =勇敢な心を出し

オヨカセハ   =泳がれますと

タツヤミツチノ =「タツ」(龍)や「ミツチ」(蛟)の

チカラヱテ   =力を借りて、

ツツカモナミノ =金槌でも波の

イソニツク   =磯に泳ぎ着くことができました」とあります。

コレオヨソニテ =この箇所を、いい加減な文では、

フネワレテ   =「「フネ」(船)が難破して、

タツトミツチノ =「タツ」(龍)と「ミツチ」(蛟)の

チカラヱテ   =力を借りて」と記されています。

コレアヤマレル =これは誤った

テニオハソ   =「テニオハ」(助詞)の用い方です。

スヘテナナヤノ =全て7家に伝わる

シルシフミ   =記し文ですが、

コトナリカチハ =異なり易いのは、

コレニシレ   =この例で理解し(細心の注意をお願いします。)

 

ワガカミノヲス =私の「カミ」(先祖)より伝わり、押印する

ミカサフミ   =『ミカサフミ』は

ホツマツタエト =『ホツマツタヱ』と

ワリウルリ   =瓜を割った様に作られていて

アワスコトクノ =合わせて一つになる如くに

ココロナリ   =構成されています。

ヨヨノヲキテト =しかしながら、代々の掟(心構え)と

ナルフミハ   =なる文は

ホツマツタエト =『ホツマツタヱ』の方だと

オモフユエ   =思いますので、

フカキココロオ =深き心を

ソヱヰレテ   =添え入れて

アケタテマツル =ここに、推薦させて頂きます。

スエニヲシテソ =末尾に「ヲシテ」(押印)を捺し、

ハナノソヱウタ =巻頭の「ウタ」を添えます。

 

カカンナス   =光が降り注ぐ

ハルノヒトシク =春が同じ様に

メクリキテ   =巡り来て

イソノマサコハ =磯の砂粒は(やがて)

イワトナル   =岩になります。(その様に)

ヨヨノンテンノ =代々述べ伝えられ、人々に用いられるのが

ホツマフミカナ =『ホツマフミ』なのです。

 

マキムキノ   =纏向の

ヒシロノミヨニ =日代の宮(景行天皇の)御代に

ミカサトミ   =「ミカサトミ」(御笠社のトミ)

イセノカンヲミ =「イセ」(伊勢神宮)の「カンヲミ」(神主)の

ヲヲカシマ   =「ヲヲカシマ」の年

フモヨソナトシ =247歳

ササクハナヲシ =ここに「ハナヲシ」(花押)捧げます。

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(以上です。)

 

「ミカサフミ・ハニマツリノアヤ」の対訳

 こんばんは。そろそろ年賀状を書かないといけない時期になりましたね。そこで、今年は少し早めにとりかかって印刷も終わり、また、うちのお店でやっているヲシテの勉強会、「ヲシテアソヒの会」の令和7度の資料も作成する時期が近づきましたので、1月2月分を一緒に印刷をしておきました。

 少し気が楽になったので、既に「ヲシテ講習会」で学習した「ミカサフミ・ハニマツリノアヤ」ですが、遅ればせながら対訳をアップさせて頂く事にしました。ここで解釈が難しかったのは先ずは、「カシキノユウ」「マシロノユウ」「アシロノユウ」「キシロノユウ」という4本の布を付けた棒の意味のこと、それから「ウヲマサカミノ マサカリ」がどのように立てられていたのかを想像する事でした。また、「アナ」と「ムロヤ」が何を意味しているのか?は、今後考えるべき問題だと思いました。

 とにかく、一通り対訳を付けたという段階ですが、いつもの通り宜しかったら参考までにご覧くださいネ。( ^∀^)♪・・ご意見も、宜しくお願い致します。

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「ミカサフミ・ハニマツリノアヤ」

 

ヤツクリノ   =家や宮を建てる際の

ノリハアマテル =典(儀式や決まり)は、

カミノヨニ   =上代において、

アメノミマコノ =アマテルカミのお孫さん(ニニキネさん)の

ミコトノリ   =詔(みことのり)があり、

ヲコヌノカミノ =ヲコヌノカミ(クシヒコさん)が、

ウナツキテ   =承(うけたまわ)って、

ニハリノミヤノ =ニハリノミヤの

ミヤツクリ   =宮を建設をしました。

ノリオサタムル =その際に、典(儀式や決まり)を定めた事に始まったのです。

 

ソノカミハ   =その以前は、

クニトコタチノ =「クニトコタチ」さんの治めておられた

カミノヨニ   =上代において、

ムノタミメヨリ =「ム」の形の

ムロヤナル   =「ムロヤ」(神明造?)の建築が始まりました。

マツハオナラシ =先ず、場を均して、

スギハシラ   =杉の柱を立てます。

ムネオカツラニ =棟を(葛で)「カツラ」に

ユヒアハセ   =結い合わせて、

カヤフキスミテ =その上に、茅を葺いて住み、

コノミハム   =木の実を食べます。

ヲシヱオタミニ =この教えを民に

ナラハセテ   =習わせて、

クニトコタチノ =「クニトコタチ」の

カミトナル   =「カミ」となりました。

 

コレヨリサキハ =これより以前は、

アメツチノ   =天地が、

ナリテアレマス =形成されて、現れましたばかりの

ミナカヌシ   =「ミナカヌシ」の世になります。

フソヨニウメル =20世代にも子孫を産んで、

タミクサノ   =人々は増えましたが、

アナニスマエハ =まだ、「アナ」(竪穴式住居?)に住んでいましたので、

ヒトナラズ   =人とは言えませんでした。

 

クニトコタチノ =「クニトコタチ」さんの

ムロヤヨリ   =ムロヤの時代から、

ミヤトノツクル =宮殿(みやとの)を造り続けているのが、

バサラタミ   =バサラタミです。

ヰタメタタルノ =建物が傷んだり、祟られたりという

オリアレハ   =事態になれば、

コレノソカント =(バサラタミは)この禍を除くことを

オホスナリ   =考えなければなりません。

 

バサラノタミヨ =「バサラ」(整地)の民よ

マサニシレ   =(以下は大切な事なので)正に知りなさい!

マツヒキノリハ =先ず、「ヒキノリ」(場を開く儀式)というのは、

ハオナラシ   =場を均して、(次の様に準備をします。)

 

カシキノユウオ =赤・白・黄色の幣(ぬさ・へい)を

ナカニタテ   =中央に立て、

マシロノユウオ =真っ白の幣を

キネニタテ   =東北に立て、

カシロノユウオ =赤・白の幣を

ツサニタテ   =西南に立て、

アシロノユウオ =青・白の幣を

キサニタテ   =東南に立て、

キシロノユウオ =黄・白の幣を

ツネニタテ   =西北に立て、

 

トシノリタマメ =この様な「トシノリタマメ」と、

ヤマサカミ   =「ヤマサカミ」、

ヲコロノカミモ =「ヲコロノカミ」(もぐらのカミ)も、

ハニマツリ   =土地にお祭りをします。

トシツキヒヒノ =年・月・日々の

モリハコレ   =守りは、この様にします。

 

モシヤヨコマノ =もしも、横魔が

ザハイセハ   =場を荒らして禍をもたらしたなら、

アラカネノハオ =荒金の刃を

ウツロヰノ   =ウツロヰの守る(東北の位置に立て)

ウヲマサカミノ =「ウヲマサカミ」(ウツロヰ)の

マサカリヤ   =「マサカリ」(魔を収めて、カリを齎す物)として用います。

コノハカマロハ =この「ハカマロ」(刃物で「カ」(光)を呼び込む杭)は、

ハヒキナス   =「ハヒキ」(場を開き、良い気の引き込み)をします。

ナマロクロマロ =それが、中央に立てた棒と、四隅に立てた棒に伝わり、

アスハナス   =(その「カ」(光)が)場を清めてくれるのです。

 

アカマロヰクヰ =青と赤の間に立てる棒は、生活(食糧)を支える杭の意味です。

シロマロハ   =白と白の間に立てる棒は、

ヨモノツナカヰ =四方(4つの季節)に渡っての生活(食糧)の安定を繋ぎ留める意味です。

キカマロハ   =黄と赤の間に立てる棒は、

タルハオフキテ =落ち葉や枝を拾って屋根に葺いたりして、

ヰカスレハ   =大切にし、生活に活かせば、

スヘテフクヰノ =総て無駄なく、暮らしを豊かにできるという意味です。

 

カナマロノ   =このように、「カナマロ」(金物をつけた棒)からの、

ナナノキタヒノ =他の7つの(棒杭への)「キタヒ」(気の足し開き)をしますが、

イクシマヤ   =モグラの「イクシマ」や

タルシマカミト =「タルシマ」の兄弟と共に、(どんな物も)

フキナズル   =活かして、大切にして暮らすべきなのです。

カトハクシトヨ =「カト」(宮や家の庭)は、(日中を守る)「クシトヨ」や

イワマトノ   =(月の夜を守る)「イワマト」に、

カミノユキスキ =「カミ」の力(ちから)が、天と地と滞りなく、

スキトホル   =恵みが降ろされる様に、守ってもらいます。

 

ヲコヌノカミノ =これが、「ヲコヌノカミ」(クシヒコさん)が、

ホツマノリ   =ホツマ(関東地方)で、制定された典(儀式や決まり)です。

シキマスキミオ =国を取り仕切っておられる君を

イカスレハ   =心に留めて、一心に働けば、

タトヒキネマニ =例え、東北の方位(春の初めの季節に)、

サバナスモ   =禍が起きても、

ヘラヨリキタフ =他の方位(周りの人)から、助けられるものです。

カタタガヒ   =進む方向を変えたり、形を変えたりして

アラカネノハオ =(自分自身を)荒金の刃のように、

トクネレハ   =よく練って鍛えれば、

カミノメクミニ =「カミ」の恵みにも、

カナフナル   =叶って、お役に立てるというものです。

 

コノヤツクリノ =この家を造る為の

ホツマノリ   =「ホツマノリ」は、

ヰクヰツナガヰ =生活(食糧)を留める杭であり、四季を通じて暮らしを安定させる綱でもあります。

ハヒキシテ   =「ハヒキ」(場を開き、気を引き入れること)をして、

アスハフクヰノ =場を清め、生活を豊かにする為の

ハシラタテ   =しっかりとした、柱を立てます。

ムロヤミヤトノ =(そうすれば、)ムロ屋や、宮殿や、

タミノヤモ   =民の家を建てる時にも、

ムネハタカマノ =棟の高さは、高天の

ハラマテモ   =原(空高く)までで、あろうとも、

チキタカシリテ =千木が「タカ」(春から秋)へと見守り、

サワリナシ   =あらゆる、禍を防いでくれます。

 

シモハチヒロノ =地上では、千尋の(広大な)

イシスエノ   =石据え(建物の基礎)であろうとも、

ハシラハチタヒ =柱は、千回

ネツクマデ   =柱根を継ぐまでで、あろうとも(末長く家が守られます。)

シキマスキミノ =(このように)国を取り仕切っておられる君の

ナガラエオ   =ご長寿(国家存続・安泰・繁栄)を祈り、

マモルバサラノ =守るのが、「バサラ」(整地・地の汚れのお浄め)の

カミシツメ   =地鎮祭なのです。

 

コレスミヨシノ =これは、スミヨシのカミ(カナサキさん)の

ヰカスリオ   =「ヰカスリ」(暮らしを良くする掟)を

ヲコヌノカミノ =「ヲコヌノカミ」(クシヒコさん)が、

トクノリト   =皆に分かりやすく説明する、祝詞でもあります。

マツリノフミニ =このことを、祭りの文(公式文書)に留め、

モウシテモウス =謹んで申し上げます。

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(以上です。)

「トシウチニナスコトノアヤ」の対訳

 今日は「トシウチニナスコトノアヤ」です。前回は『ミカサフミ』の「ナメコトノアヤ」でしたが、今回のこのアヤは『カクノミハタ』の中のアヤなので、同じ事が書かれている筈なのですが、更に難しい感じがします。私もまだ十分に分かっていない状態で書くのも気が引けますが、いつまで経っても完全に理解できそうもないので、何とか一通り考えたところで取り敢えず出してみる事にしました。間違っている箇所があったらご指摘いただければ幸いです。

 はっきりと分かっていない箇所は、「メハツネニスム」や「トハサニヰマス」「ホハキネニスム」という天の川の架かる位置の表現で、実際の天文学的な天の川の動きに関する知識がないので、本当のところは何を表現しているのかが分かりません。(⌒-⌒; ) この箇所もまた、分かっている方に教えて頂きたいと思っています。先に、近いうちに「ヲシテ講習会」の内容としてお示しするつもりでしたが、考えているうちに遅くなりました。それでは、宜しかったらご参考までにご覧ください。

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トシウチニナスコトノアヤ

 

アルヒコフ   =ある日のこと、(祝詞の順序についての)質問がありました。

ヱオコノカミト =「ゑ」を「コ」(長子・先)のカミとするのではないのですか?と

ヲモヒカネ   =「ヲモイカネ」さんが尋ねたのです。

イチヰタタセハ =すると、「イチヰ」の笏を正して改まり、

タマキネノ   =「タマキネ」さんが、(これを良い機会にと)

コノナスコトオ =「コ」(長子のヱ)から順の「ナスコト」(年中行事)を

ノタマワク   =お教え下さいました。

 

 

ヱハネノミツノ =「ヱ」は、「ネ」(北・冬)の時期に水が温み

ヒトヲカミ   =1「ヲ」(温)が立つ季節です。

ヒノミチササケ =(次に来たる)「ヒ」(初春)への道を捧げて

ネニカヱス   =(温かさを)「ネ」(木の根)に返します。

ヒトヲフセテモ =しかしながら、1「ヲ」(温)が地に入って来ても、

アメワユキ   =雨は「ワ」(地上)に雪となって降って来ます。

トノカミオシテ =ですから、「ト」のカミを(祝詞の先に)して

ウヰナメヱ   =「ウヰナメヱ」(新嘗祭)が斎行されるのです。

 

シワスレハヤヤ =12月になるとやっと

ツチニミチ   =土に(温かさが)満ちて来て

ヨロキネウルヒ =万木の根は潤い始めます。

ウヱサムク   =(しかし)空の上は寒く、

スヱニヒタケテ =12月の末には、好天になったとしても、

ソラサムク   =(益々)空は寒くなります。

カタチハヱミツ =(ヱの文字の)形は「ハ」(大地)に「ミツ」(水)を得て

ヲノハシラ   =「ヲ」(温)の柱が(立つ形です。)

 

ヱモトノカミノ =(ナメコト初めの)「ヱ」元のカミと

ワカルヨハ   =別れる(節分の)夜は、

ヰリマメウチテ =炒り豆を投げて、

オニヤラヰ   =鬼祓いの行事をします。

ヒラキヰワシハ =柊木に鰯を吊るすのは、

モノノカキ   =「モノ」(悪霊・疫病)からの護りです。

ホナカユツリハ =「ホナカ」(穂長・うらじろ)や「ユツリハ」(譲葉)を飾って

シメカサリ   =締め飾りをします。

 

 

ヒハツサカセノ =「ヒ」は、「ツサ」(西南)の穏やかな風が吹く、

フタヲカメ   =2「ヲ」(温)の「カ」(光・力)への変わり目です。

キタレハヒラク =(柔らかな風が)吹いて来ると開くのが

ハツヒクサ   =お正月の七草です。

 

ハツヒマツリハ =元旦のお祭りには、

フトマカリ   =「フトマカリ」(太勾餅)や

ヤマノカヤクリ =山の「カ」(果物)や「クリ」(栗)

ウミノメモ   =「ウミノメ」(昆布や若芽)もお供えし、

トコロタチハナ =「トコロ」(野老:山芋科)や「タチハナ」(橘)

ヰモカシラ   =「ヰモカシラ」(芋頭・里芋)も、皆で頂きます。

シムノフシヱハ =「シム」(肉親同士)の「フシヱ」(行事の集まり)をして、

タルムツミ   =親睦を温めます。

 

ユミハリマツル =1月7日にお祭りするのは、

ミソノナハ   =「ミソ」(味噌)に煮た「ナハ」(春の七草)です。

ヌヱアシモチカ =これは、「ヌエ」(鵺・夜盗)や「アシモチ」(疫病持ち)による

カサクサオ   =「カサ」(貧乏)や「クサ」(疫病)を(避ける為のお粥です。)

コケフハコヘラ =「コケフ」(御形)、「ハコヘラ」(繁縷)

ヰタヒラコ   =「ヰタヒラコ」(仏の座)

ススナススシロ =「ススナ」(鏑)、「ススシロ」(大根)

スセリナツ   =「スセリ」(芹)、「ナツ」(薺)

コノナナクサニ =この七草の粥を食べて

ノソクナリ   =除くのです。

 

モチノアサホキ =1月15日の朝のお祝いには、

アツキカユ   =小豆粥をして食べます。

サムサニヤフル =寒さの季節に破るのは、

ワタヱヤミ   =「ワタ」(内臓・腹痛)の病気です。

サヤケヲケラニ =笹で焼いた「ヲケラ」(白朮・胃腸などの生薬)に

トントモチ   =「トンドモチ」を焼いて食べ、

ヱサルカミアリ =「ヱ」(疫)除けの「カミアリ」(粥フトマニ占いもします。)

 

キサラキヤ   =「キサラキ」(2月)になると

コリヱココロミ =「コリヱ」(水垢離)をして(体を慣らし清め、)

ムママツリ   =(激しい)「ムママツリ」(競馬・流鏑馬)の神事を行います。

ヨロキヒイツル =(「ヒ」は)万木が広がり伸び出る

カミカタチ   =文字形をしています。

 

 

タハキソラテル =「タ」は、「キ」(春)の空が照り輝く

ミツヲカミ   =3「ヲ」(温)のカミの季節です。

キサラキナカニ =「キサラキ」(2月)の中旬は

ミツヲキテ   =3「ヲ」(温)の暖かい時が来て、

アオヒトクサオ =「アオヒトクサ」(人々)を

ウルオセハ   =潤しますので、

イトユフノトカ =「いとゆふ」(細い陽炎の立つ)長閑な季節です。

 

ヤヨヰキテ   =「ヤヨヰ」(3月)が来ると、

モモサキメヲノ =桃の花が咲き、「メヲ」(男女)の(婚儀の儀式の)

ヒナマツリ   =ひな祭りを行います。

クサモチサケニ =「クサモチ」(草餅・よもぎ餅)を食べ、酒を飲んで

ヒクヱモセ   =「ヱモセ」(男女)が仲良くするお祭りです。

 

ヤヨヱナカスエ =「ヤヨヱ」(3月)の中旬から下旬は、

カケラウヤ   =「カケラウ」(陽炎)が立って暑くなりますので、

メツタリオサム =1「メ」(冷)も終わり、(次に水を)足り治めるのは、

タモトガメ   =「タ」(田)元の「ガメ」(瓶)です。

 

 

メハツネニスム =「メ」は天の川が「ツネ」(西北)に架かる季節で、

ミツノカミ   =水のカミです。

ウツキハウメノ =「ウツキ」(4月)は「ウメ」(温かい水)の

ヲオマネク   =4「ヲ」(温)を招きます。

サナヱアオミテ =早苗は青々としてきて、

ナツオツク   =夏を告げます。

ナカワタヌキテ =(着物の)中綿を抜くのもこの時期です。

 

ツキスヱハ   =4月の末には、

アオヒカツラノ =「アオヒ・カツラ」(双葉葵・日陰葛)の

メヲマツリ   =「メヲ」(夫婦)を讃えるお祭りをします。

フタハニノホル =(稲苗や葵の)双葉に(雨の滴が)昇るのは、

サツユツキ   =「サツユツキ」(5月・梅雨の月)で、

カツミノツユヤ =「カツミ」(身体に力を蓄える)梅雨なのです。

 

ノリクラヘ   =(また、夫が)「ノリクラヘ」(競馬)や、

ヰヰノツツタチ =5月5日の「ツツタチ」(馬の品評会?)ができるのも、

メヲノホキ   =「メヲ」(夫婦)の愛情のお陰です。

ヰワタチマキヤ =「ヰワタ」(五臓六腑)の守りに「チマキ」(粽)も食べ、

メモトカミ   =これが、「メ」元のカミの行事になります。

 

 

トハサニヰマス =「ト」は天の川が「サ」(南)に居て、

メヤワカミ   =「メ」の(暑さを)和らぐカミです。

ミツノヒカリノ =3本の光の棒は

ハニトホリ   =大地に通るのですが、

ヒノメチカキル =一本の「メ」(冷たい棒)が、道を引き返します。

 

サツキナカ   =5月の中旬は

ヒトメフシオキ =1「メ」(冷)が臥していたのが起きて

サミタルル   =五月雨が降ります。

ヨロノアオハノ =万木の青葉が(茂り)

カセカホル   =(新緑の)風が香ります。

ミヤニウクレハ =その風を、宮に受ければ

ナカラヱリ   =長生きができます。

 

メハハニミテト =1「メ」(冷)が降され、地面に満ちていますが、

ウヱアツク   =(地面の)上は暑くなって

ミナツキスヱハ =「ミナツキ」(6月)の末は

イヨカワキ   =いよいよ乾いて来ます。

モモニチマツル =この時期には桃祭りもありますし、「チ」の輪を祀る

チノワヌケ   =茅の輪抜けをします。

ヰソラオハラフ =「ヰソラ」(疫病神)を祓う

ミナツキヤ   =「ミナツキ」(6月)の行事です。

 

カタチハクニノ =全体の形は国で、

ナカハシラ   =その中心柱を

マテニトトナフ =両手で整えている姿が

トモトカミ   =「ト」元のカミです。

 

 

ホハキネニスム =「ホ」は「キネ」(東北)に天の川の落ちる

フタメカミ   =2「メ」(冷)のカミです。

アフツキフメオ =「アフツキ」(7月)には2「メ」(冷)の冷たさを

アニヤワシ   =これまでの天候の暑さに和らげて、

アキカセツケテ =秋風を告げますので、

マヲマユミ   =「マヲ」(家を繋ぐ)「マユミ」(7月7日の弓張りの七夕祭り)をします。

ヰトオツムキテ =(このお祭りには)糸を紡いで

タクハタヤ   =機織りをし、(生まれ変わりを祈ります。)

 

アワノホキウタ =「アワ」(天と地のカミ)の祝ぎ歌を歌って

カチニオシ   =「カチ」(祈祷)をするのは「オシ」(御師)です。

シムノモチホキ =「シム」(親族)が集まり「モチホギ」(7月15日)に、

ヰキメタマ   =「ヰキメタマ」(生きている人々の魂)が

オクルハスヰヰ =「ハスヰヰ」(蓮御飯)を食べて先祖を送ります。

ヱナカノリ   =「ヱ」(お祭り)の中で気持ちを通じ合わせ

アヲキオトレハ =(先祖を)仰いで踊ると、

アヰウクル   =「アヰ」(天の意・愛)を受け(縁組にも繋がります。)

 

ハツキハシメハ =「ハツキ」(8月)の「ハシメ」(1日)は

フタメサク   =2「メ」の冷たさがが空気を裂き、

アラシクサフス =嵐が吹いて草ぐさを倒す時期になります。

ウカホキノ   =「ウカノホギ」(初穂祭り)があり、

ホツミナラフル =稲穂の刈り取りをしてお供えを並べ(感謝を伝えます。)

ホモトカミ   =これが「ホ」元のカミの行事になります。

 

 

カハニシソラノ =「カ」は西の空に(太陽が沈むのが早くなり)

ヲアケカミ   =「ヲ」(温)の温かさが取り上げられる季節です。

ハツキナカヨリ =「ハツキ」(8月)「ナカ」(中旬・15日)から

ミメノトク   =3「メ」(冷)で寒くなり、

ニタコモチツキ =「ニタ」(嬉しい収穫の)「コモチツキ」(14日)や

ヰモハツキ   =「ヰモハツキ」(芋名月の8月15日)のお祭りをします。

 

ナツキミツキノ =「ナツキ」(9月)は「ミツキ」(貢ぎ物)もあり、

ココナサキ   =「ココナ」(菊)が咲きますので、(9月9日に)

ヲホトシキクノ =「ヲホトシ」(豊作)を祝う「キク」(菊)のお祭りをします。

チリワタコ   =「チリワタコ」(綿入れの着物)を着て、

ササケテマツル =捧げてお祭りするのは

クリミサケ   =「クリミサケ」(栗の実の酒)です。

 

モチマエマツル =9月15日の前にお祭りするのは、

ホカラツキ   =「ホカラツキ」(9月14日)のお祭りで、

マメヤカウタヱ =豆をお供えして、心を込めて歌う宴を開いて

カミオトリ   =「カミオトリ」(暖かさと先祖への感謝の踊り)をします。

カタチアカルキ =明るい太陽の形の

カモトカミ   =「カ」元のカミです。

 

 

ミハキサニスム =「ミ」の季節は、「キサ」(東南)に天の川が落ちます。

ソノメフリ   =実となる「ソ」(種子)の「メ」(芽)も静かに時を待って、

ヲカミシリソク =「ヲ」(温)カミが退く季節です。

ハツシクレ   =初時雨が降るのもこの時期で、

ヤヤメモミチテ =やっと「メ」(冷)の冷たさも満ちて

ナカコロハ   =(10月の)中頃は、

ヲノカミツキテ =「ヲ」(温)の「カミ」の力が尽きますので、

カミナツキ   =「カミナツキ」(カミの無い月)と呼ばれます。

 

ネノツキツユモ =11月は月から降りる露も

シモハシラ   =霜柱となって立ちます。

コカラシフケハ =木枯らしが吹けば

キハミオチ   =木々の葉は黄色く色づいて落ち、

ヒラキハツクサ =柊木は初草となる

メハルナリ   =芽が開いて来ます。

カタチカセモツ =「カ」(温かい光)の無い中で、風を受け止めている姿、

ミモトカミ   =それが、「ミ」元のカミです。

 

 

カクメヲオモル =この様に「メヲ」(冷たい季節と温かい季節)を守りますが、

ソノナカニ   =その中にあって、

トハミナミムク =「ト」は暖かくて、皆が待ち焦がれる季節です。

ヒトクサノ   =(温かい季節は)人々の

コトホキノフル =寿命を長くしてくれます。

コノユヱニ   =この故に

トハノトウタノ =「ト」は「ノトウタ」(祝詞のウタ)の

ハシメソト   =初めとすることになったのです。

ツネナスコトニ =常に(年中行事を)成す毎に

アメオシルナリ =「アメ」(天のカミ・御先祖)の温かいお心を念うのです。

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(以上です)